Twilight

一息つきたいあなたへ。

カンボジアの水上生活の村と4人の若者

 

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水上生活の村へと続く道

大学の授業で写真を見た時からずっと、水の上で暮らす人々のことが気になっていた。

水の上に高い高い木の柱を立て、家族みんなで仲良く生活をする、そんなイメージ。ジャパンの社宅ジャングルの中で育った私(https://twitter.com/sounds_shick)は、その牧歌的で優雅なイメージに対し、強い憧れを抱いていた。

 

村へは、シェムリアップ市街からバスで1時間ほど。のどかな農村風景の中、たびたび土埃に襲われながらも、バスは進んだ。vv

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午後の暖かな日差しが差し込む中、熟睡する友人

バスでは後部座席がちょうど空いていたため、そこに座ることにした。 私が横にいた友人と話していると、気がついたらあとの2人が眠っていた。穏やかで温かな、午後の時間が流れてゆく。

バスを降り、小舟に揺られて10分ほど進むと、水上住宅が見えてきた。想像以上に高さが高く、郊外のレジャー施設にある大きなアスレチックのようにも見える。

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水上生活の村

それぞれの家は鮮やかな色で彩られ、高くて急な梯子がかかり、そして風通しがあまりにも良すぎる。ジャパンで生まれ育った私には何から何まで非日常に感じてしまうのだが、そこではお年寄りから子供まで、何ということのない顔でのほほんと日常生活を送っていた。

 

 

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泥の坂道を滑り台にして遊ぶ子供

川辺には、たくさんの子供たちの姿があった。彼らが泥の坂道を滑り台にして興奮気味に遊ぶのを眺めていると、自分の幼少期と重なった。私も幼い頃、社宅の子供たちと同じような雰囲気で、同じようなことをして、同じような表情で遊んでいた。建物など見た目の違いこそあれ、世界中どこでも、人の心情や行動にはさほど大きな違いは無いのかもしれない。彼らはきっと、毎日観光客が小舟でやってきては「日常」の写真を撮っていくことを、不思議に思っているのではないか。

 

 

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魚を釣る人

集落を抜けると、湖までの道のりのあちこちに魚取りに励む人々がいた。私もしばらくの間、毎日泥だらけになって魚を捕まえてみたいなあなどと思ったりした。

 

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雨季のトンレサップ湖は、琵琶湖の13倍もの広さがある

トンレサップ湖では、湖上に浮かぶレストランで食事を取った。カンボジアはどこで何を食べても美味しい国なのだが、ここで飲んだアボガドシェイクは特に絶品だった。あまりにも美味しくて、友人と、いつの日か日本に大きなアボガドブームが訪れるのでないかという話をした。

 

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日暮れとともに自宅へ帰る村人

レストランからの帰り道。地平線の果てまで続く雨季のトンレサップ湖は、少しずつオレンジ色に彩られていった。村人たちも、日暮れとともに自宅へと向かう。この時、隣にいた友人が、アイルランドに転勤したい件についてなぜかしきりに語っていた。「なぜアイルランドなの?」と尋ねると、最先端の仕事が出来るからということだった。トンレサップ湖で魚を取る人々を眺めながらIT分野の最先端に思いを馳せるのは、なかなか奇妙な体験だった。

 

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帰りのバスから見た夕焼け

帰りのバスで、アイルランドに行きたい友人に、もし君がここに生まれていたらどんな人生を歩むかと尋ねてみた。

「こんな田舎何としてでも出てやるぞ!って頑張ると思う」と答える彼に、「わたしもそうするだろうな」と返した。

すると、その横にいた友人が、

「僕ならここで一生家族と仲良く、ゆっくりした生活を送りたいと思うだろうな。」

とぼそっと呟いた。

もう1人の友人は、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

 

 

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おじいさんが手を振ってくれた

もうすぐ村を出るという頃に、通りすがりのおじいさんが手を振ってくれた。

バスは進む。

40年後くらいに、また4人で会ったら、一体どんな話をするのだろう。

その頃には泥の坂で遊んでいた子供たちも、アイルランドや、もしかしたら地球の外で、生きているのかもしれないし、私はトンレサップ湖で魚をとっているのかもしれない。

 

おじいさんに手を振り返していると、人生の山や谷や川や荒波なんて、そのままにしてどこかへ遊びに行ってしまってもいいのではないかという気がした。

 

 

 

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