【永遠に続く砂漠】ヒヴァからブハラまで移動してみて分かったこと〜ウズベキスタン周遊3日目〜
こんにちは!
旅とイスラム建築が大好きな大学院生、yuripin(https://twitter.com/sounds_shick )です。
ウズベキスタン周遊3日目は、ヒヴァからブハラまでバスで移動し、夕方のブハラを少しだけ歩いてみました。
1日目の記事はこちら
2日目の記事はこちら
ブハラの場所
目次
日程
1日目:成田空港〜タシュケント空港、ホテルウズベキスタン宿泊
2日目:タシュケント空港〜ウルゲンチ空港、ヒヴァ観光
▶︎3日目:ヒヴァ〜ブハラまでバス移動、ブハラ泊
4日目:ブハラ観光、ブハラ泊
5日目:シャフリサブス観光、サマルカンドへ移動、サマルカンド泊
6日目:サマルカンド観光、サマルカンド泊
7日目:タシュケントへ移動、タシュケント観光、タシュケント空港発
※1日目、2日目の記事は、ブログ下の関連記事にリンクを貼っています。
永遠に続く砂漠
ヒヴァからブハラまでは、地平線の果てまで広がる砂漠の中の1本道を、バスでひたすらに走った。
生まれて初めて見る本格的な砂漠に、皆テンションが上がる。
砂漠の真ん中に突如として現れるトイレ(と、写真奥の謎の廃墟)。
トイレの横には、トイレの使用料を集めるお姉さんがポツンと立っていた。このお姉さんは、毎日どこから通ってきているんだろう。地平線の向こうまで、ただただ砂漠が広がるだけで、民家らしきものは一切見えない。わざわざ遠くからここまで通い、1人で立っていて、彼女は寂しく無いのだろうか。
彼女の存在が気になってしまい、思わずツーショットを撮ってしまった。はにかんだ笑顔が可愛かった。
進んでも進んでも、砂と青空しかない。何時間も全く変わらない景色の中にいると、時間や空間に対する感覚が、何だかおかしくなってくる。
お昼は、外国のお弁当の定番、生野菜とゆで卵とパンを食べる。お弁当とトイレに関しては、間違いなく日本が一番だと思う。
ブハラ到着
ひたすら1本道を進んでいくと、ちらほらと建物が見えてきた。
市街地に入り、ちょっと殺風景なショッピングモールを通り過ぎると、ほどなくしてホテルに到着した。
このホテルは、イスラム圏らしく中庭が広く作られていた。新しく、清潔なホテルであった。
ホテルで一休みしたのち、夕食を摂りにレストランへと向かった。
ブハラは古都とはいえ、ヒヴァとは比べ物にならないくらい都会である。
ホテルから10分ほど歩くと、街の中心地に着いた。池のほとりの木陰が、とても気持ち良い。
ウズベキスタンでは、イスラム建築が日常生活の中に普通に溶け込んでいることに驚きっぱなしであった。日本人の私からすると特別なものだが、ウズベク人にとっては、当たり前にある空気のような感じらしい。
夕食
アジアブハラホテルは、内装がおしゃれで、開放感のある心地の良いホテルだった。
夜のブハラ
食後は時間があったので、近くのお土産物屋さんを見て回った。
生まれて初めて見るアラビアンナイトの世界に、心が踊る。
ウズベキスタンの伝統工芸品といえば、絨毯やスザ二が有名。1枚1枚手作りなので値段は張るが、スザ二であればギリギリ買えそうな価格だったので、1枚買ってみることにした。
1枚1枚、すべて柄が違う。20分ほど悩み、運命の1枚を購入した。
ホテルに戻ってからは、ガイドさんも一緒になってみんなで人狼ゲームをしたり、お喋りをしたりと、楽しい時間を過ごした。人狼ゲームでは初心者ながら人狼になってしまったのだが、ペアの子も私も、あまりにも素人感が溢れ出ていたために疑われず、なぜか勝利することができた。この日からツアーメイトたちとも打ち解け、学年関係なく(敬語という文化が撤廃された)みんなで和気藹々と盛り上がるようになった。
まとめ
3日目は砂漠の中を移動し、ブハラの街を少しだけ歩いてみた。観光らしいことは特にしていないのだが、地平線の果てまで続く砂漠や、アラビアンナイトのような夜のイスラームの商店街など、生まれて初めて目にするものばかりで、1日中興奮しっぱなしであった。
どこまでも続く砂漠の中にいると、時間性も空間性も失われたかのような感覚に襲われる。美学の世界では、人の時空間認識は育った土地によって全く異なると考えられているのだが、きっとこういうことなのだろうと思う。
世の中には、本やインターネットの情報だけでは分からないことがたくさんある。旅では、そういう日常生活では決して得られない知識を、たくさん拾い集めることができる。
知的欲求が満たされることは、人に大いなる快感をもたらす。これこそが、太古の昔から、人々は旅に出たがってきた理由なのではないだろうか。
▼続きはこちら