ニューヨークで胃腸炎にかかり、1人で寝込んでいた話
去年の冬のこと。わたしは突然胃腸炎にかかり、ニューヨークでひとり寝込んでいた。
当時、わたしは1ヶ月ほどかけ、アメリカを旅していた。ニューヨーク独特の凍えるような寒さのなか(余談だが、ニューヨークの緯度は青森市とほぼ同じである)、異国のよくわからないスポドリを枕元に置き、ひとりで貧乏ゲストハウスに横たわっていた。
それはあまりにも辛く、心細いものであった。
寒気と戦いながらスーパーに行っても、アメリカンなものしか置いていない辛さ。水とスポドリを飲みながら、知り合いが誰もいない街でただただ天井を見つめ続けることの辛さ。 pic.twitter.com/roXgUkQ05w
— yuripin (@sounds_shick) 2019年3月1日
これまでにも海外はよく旅していたのだが、はじめて、心の底から日本へ帰りたいと思った。
私は圧倒的に日本が一番好きだよ
— yuripin (@sounds_shick) 2019年3月1日
もはや修行である。
いや、そもそも胃腸炎にかかる前から、修行は既にはじまっていた。
下のベッドには前日まで宿泊客がいたのだが、彼女は宿に秘密でネコを連れてきていた。動物が苦手なわたしは、毎日知らないネコにおびえ、フンを踏まないように床をおそるおそる歩いていた。
大学の先生に「あなたはすぐに白黒ハッキリつけたがる節があるけど、実際ほとんどのものはグレーだからね」と言われたの、じわじわ染みる。NYにはNYの良さと悪さが、LAにはLAの良さと悪さがあるんだよね。
— yuripin (@sounds_shick) 2019年2月27日
ベッドの下で今、猫が粗相したけど、これだって
それだけでも辛いのに、ボロボロの廊下では毎晩、下着姿の老人がなぜか徘徊しており、うかうかトイレにもいけないのである。
(そもそもなぜこんな貧乏ゲストハウスに泊まっているんだという声が聞こえてきそうである。女性のひとり旅では宿泊地の治安の良さは絶対条件なのだが、ここニューヨークでは、治安の良い場所の宿泊費の水準が異様に高い。おまけに1ヶ月にも渡る長期旅行である。学生の経済力では、ここが精一杯なのであった。ちなみにこのゲストハウスは、アッパーウェストサイドという大変治安の良い場所に位置している。セントラル・パークの真横と観光にも大変便利なので、いろいろなことが気にならない人であれば、おすすめの宿である。)
医師である友人のアドバイスを受け、スポドリを飲みつつ、ただひたすらベッドに横たわっていた。思い出すのは家族や恋人がいる日本のことと、友人もでき、日差しもあたたかな、数日前まで滞在していたロサンゼルスのことばかりである。
ニューヨーク、宿が高いわりに最悪(日照ゼロ、同室は猫を連れた風邪で寝込んでいるおばさん、監獄並に狭い)だし、 なんかみんなクールだし、極寒だし、物価高いし、心の底からLAに戻りたい…
— yuripin (@sounds_shick) 2019年2月26日
雑多だし治安悪いしマリファナの受動喫煙が酷いけど、ボケそうなくらい天気が良くて、人がのんびりしていて陽気でフレンドリーで、大変居心地の良い街だった。何人かお友達も出来たし、もっと長居したかった。ありがとう、LA。また会う日まで。(と語っちゃうくらいにはLAシック)
— yuripin (@sounds_shick) 2019年2月26日
せっかくマンハッタンのど真ん中にいるのに、早くニューヨークから出たいという気持ちしかなかった。日本で当たり前のように身近にあったものがどれほど大切なものだったのかに、24歳にしてはじめて気がついたのだ。
数日間天井を眺めながら、風邪をひいたときに恋人がお粥をつくって食べさせてくれたことや、いつもそばにいる恋人のこと、日本食がたくさん売られている近所のスーパーのことを考えていた。
今日は1日中胃腸炎と発熱のため、マンハッタンで1人寝込んでいた。日本食が近くにあって、お粥を作ってくれる人が近くにいることがどれほど有難いことか。
— yuripin (@sounds_shick) 2019年3月1日
近くにあるものの大切さについては、幼少期から現在に至るまで手を替え品を替え何百回も聞いてきたし、自分なりに理解しているつもりであった。でも異国の地で病に倒れてはじめて、本当に心の底から実感することができたのである。
薄暗く不気味なゲストハウスで、ベッドに横たわりながらそんな道徳の教科書のようなことを考えていた。
この経験のせいか、今でもニューヨークには苦手意識があるし、アメリカ周遊で思い出すのはロサンゼルスのことばかりである。
でもこの街からは、人生においてとても大切なことを教わった気がするのだ。