ヒヴァ・イチャンカラのおすすめ観光スポット〜ウズベキスタン周遊2日目〜
こんにちは!
旅とイスラム建築が大好きな大学院生、yuripin(https://twitter.com/sounds_shick )です。
ウズベキスタン2日目は、タシュケントからウルゲンチまで一気に飛び、ヒヴァのイチャン・カラを探索してきました。
ヒヴァは、個人的にウズベキスタンで最も印象深かった街です。当記事では、その魅力を余すところなく伝えていきたいと思います。
日程
1日目:成田空港〜タシュケント空港、ホテルウズベキスタン宿泊
▶︎2日目:タシュケント空港〜ウルゲンチ空港、ヒヴァ観光
3日目:ヒヴァ〜ブハラまでバス移動、ブハラ泊
4日目:ブハラ観光、ブハラ泊
5日目:シャフリサブス観光、サマルカンドへ移動、サマルカンド泊
6日目:サマルカンド観光、サマルカンド泊
7日目:タシュケントへ移動、タシュケント観光、タシュケント空港発
▶︎成田空港〜タシュケント空港までのフライトレビューはこちら
▶︎ 1日目の記事はこちら
ヒヴァ観光まで
朝4時。眠い目をこすりながら、ホテルウズベキスタンのロビーに集合した。タシュケント空港からウルゲンチ空港までは、ウズベキスタン航空の国内線で向かう。初めてのプロペラ機に、少し緊張する。
機内で渡された新聞の文字が全く分からず、「そうか。今わたしはウズベキスタンにいるのか。」とぼんやりと実感する。(1日目は新しい環境に戸惑うことが多く、まだあまりウズベキスタンにいることを実感していなかった)
気温は40℃ほど。今日もウズベキスタンは暑い。
ウズベキスタンの家の前には大きなベッドのような休憩スペースがあり、ウズベク人は皆、ここで思い思いにのんびりしている。昼間が暑すぎる(毎日40℃超え)ため、休憩スペースが発達したのだろうか。
このホテルはホテルウズベキスタンとは打って変わり、家族経営の、こじんまりとした可愛らしいホテルだった。ベッドでくつろいでいるおじさんと少年はここのオーナー家族。ウズベキスタンだけど、I♡NYのTシャツを着る少年とパチリ。
ホテルは、カーテンなどの家具が乙女チックなデザインで、可愛かった。
客室からは、イチャンカラ(城壁に囲われた都市)の城壁がよく見える。これからあの城壁の中を探索できると思うと、ワクワクが止まらない。城壁の中では現在も約3,000名が住んでおり、日本人も1名居住しているそう。
ここヒヴァは、年間300日は雲ひとつない青空が広がる。青空と城壁のコントラストが、なんとも美しい。
ウズベキスタンは、子供も大人もシャイそうでいて、とても人懐こい。手を振ると、はにかんだ笑顔で近づいてきてくれる。なんて可愛いんだ!
この写真の黄色いワンピースの女の子は、カメラを向けると後ろにしっかりと手を組んで、気をつけの姿勢になってくれた。彼女の全てが純粋そのもので、本当にただただ可愛らしかった。
イチャンカラ入場
ヒヴァは、アムダリヤ川下流のオアシス都市。古代ペルシャ時代からカラクム砂漠への出入り口として繁栄し、町は外敵の侵入を防ぐため、二重の城壁で守られてきた。
カルタ・ミナレットのブルーは、サマルカンドブルーよりも淡い、より空の色に近いブルーだった。私はサマルカンドブルーよりもこの色の方が好き。
ここの住人は、大人も子供も本当に人懐こい。ウズベキスタンは私がこれまでに訪れた国の中で、最も人懐こい人が多い国だった。コミュニケーションの1つ1つが、とても嬉しかった。
この見張り台からは、イチャン・カラ の街が一望できる。初めて見るイスラームの町並みに、気分が高揚する。
ムハンマド・アミン・ハン・メドレセは、かつては中央アジアで最も大きな神学校だったそう。こんな美しい学校で学んだら、勉強もはかどるだろうなあと思う。ちなみに現在はホテルとして使われているので、興味のある方は是非泊まってみて欲しい。
このメドレセの階段が、これでもかというくらい狭く急なのだ。
狭く急な階段を登り着ると、塔のてっぺんに到着する。地平線の向こうまで、ずっと砂漠地帯である。
カメラ目線で微笑みかけてくれる、ラクダのカーチャちゃん。さすがはヒヴァのトップアイドルである。
この街には、忙しそうにしている人がいない。マイペースな私の目には、そんな生活がとても魅力的に映った。
お土産物・ランチ
夏は連日40℃のウズベキスタンだが、冬は-10℃くらいまで気温が下がる。このあったか靴下も、冬にはウズベキスタンの各家庭で大活躍しているのだろう。私も冬にこの靴下を履いてみたのだが、見た目以上に暖かかった。寒さに弱い方にはものすごくおすすめの一品である。
夕暮れのイチャンカラ
ガイドさんの提案で1時間のお昼寝休憩をとったこともあり、気がついたら夕方になっていた。
日本の田舎の夏の夜のような、ゆるくてゆっくりとした時間が流れていく。
この地区では夜7時が閉店の時間らしく、時計が7時を回った途端、店番をしていた人々が続々と店から出て、お喋りを始めた。
ここの人は、大人も子供もとてもおっとりしている。日が沈むスピードと同じか、もっと遅いくらいの速さで、ゆっくりと生活している。子供たちは日が暮れるまで遊んでおり、大人たちも、のんびりとお喋りをしている。そしてどの人も、とんでもなく美形なのだ。
ここまでゆっくりとした雰囲気の夕方は、小学生の頃に新潟の田舎に住んでいた時以来であった。
シルクロードの地図を見て、学生の間で、なぜ東京ではなく大阪なのか、ということで大いに盛り上がった。しかし私はそこよりも、青森県の下北半島と津軽半島がきちんと書いてあることに感動していた。
日が暮れるまで、家族みんなで外で団欒。ウズベク人はとにかく、家の外でのんびりすることが大好きである。確かに家の中よりも気持ち良いし、いつの日か、日本でもこの文化が流行ったらいいのになあと思う。
砂漠地帯だからか、ウズベキスタンではどこへ行ってもスイカが出てきた。私はスイカが大好きなので、”異国では生の果物を食べない派”の子の分まで、毎回お腹いっぱい食べていた。(なお、一度もお腹を壊さなかった)
肉じゃがって、世界共通の料理なのかもね。
まとめ
ヒヴァは、ウズベキスタンの他の町とは一味違った雰囲気を持つ。人も建物も、ここに存在する何もかもが、完全にタイムスリップしているのだ。
街全体が世界遺産である中で、人々が当たり前のように、ゆっくりのんびりと平和に暮らしている。ここにいると、まるで自分も中世イスラームの町の住人になったかのように感じられる。ここまでタイムスリップした気分になれる場所を、私は他に知らない。
またいつか必ず、ヒヴァを訪れたい。そしてまた、中世イスラームのゆっくりとした時間の住人になりたいと思う。
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