町家を用途変更する際に、伝統的な意匠を残しにくい箇所について
こんにちは!
旅とイスラム建築と古建築が好きな大学院生、yuripin(https://twitter.com/sounds_shick)です。
京都や奈良では、伝統的な町家を改装して、ゲストハウスやカフェにする動きが見られます。しかし現状として、改装の際に、伝統的な町家の意匠が消えてしまう物件が数多くあることも事実です。
そこで本記事では、町家の伝統的意匠の保存が困難になりやすい箇所と、実際に用途変更をしつつ改装を行った町家の事例について紹介していこうと思います。
伝統的意匠の保存が困難になりやすい箇所
築年数が古く、現行の建築基準法等に適合しない建物は、「既存不適格建築物(建築基準法3条2項)」となる。
その用途に供する部分の床面積が100㎡を超えず、用途変更を行わない場合は、現行の建築基準法は遡及適用されない。しかし、増改築、大規模の修繕等をする場合は遡及適用され、さらに、その用途に供する部分の床面積が100㎡を超え、用途変更を行う場合にも、一部が遡及適用されることになる。
用途変更をする際に、町家の伝統的意匠の保存が困難とする事例について、以下の表にまとめる。
町家を用途変更する際に意匠の保存が困難になりやすい事例 | 関連する建築基準法と建築基準法施行令 |
1階の軒 | 道路に突出した庇は敷地内に収めなければならない(法第44条) |
角地に建つ町家の妻側の屋根、ケラバ | 道路に突出した庇は敷地内に収めなければならない(法第44条) |
昔、早いうちに改築したものを元の町家の形に戻したい場合 | 昔、早いうちに改築したものを元の町屋の形に戻したい場合:増築扱いとなり、現行の法律に合わせなければならず、難しい。 (法第3条3項) |
部材 | 部材は、現在の法律で検査を通ったものしか使えない。そのため、新たに町屋を増築、新築しようとした際には既製品を組み合わせた形でしか設計することができない。(法第68条の10) |
間仕切り壁 | 条例で定めた用途に供する防火上主要な間仕切り壁は準防火 構造とし、屋根裏に到達していなければならない。(令第114条) |
外壁、軒裏 | 準防火地域内にある木造建築物は、延焼の恐れのある部分の外壁、軒裏を防火構造に改修しなければならない。(法第62条) |
全体 | 構造計算による安全性の確認(法第20条) |
〇1階の軒
町家では、1階の軒が道路の境界からはみ出していることがある。しかし、建築基準法第44条により、用途変更を行う際は軒を短くしなければならない。
〇角地に建つ妻側の町家の屋根、ケラバ
角地に建つ町家では、妻側の屋根やケラバが道路にはみ出していることがある。しかし、建築基準法第44条により、用途変更を行う際は屋根やケラバのはみ出している部分を短くしなければならない。
〇昔、早いうちに改築したものを元の町家の形に戻したい場合
建築基準法第3条3項により、元の町家の形に戻すことは増築扱いとなり、現行の法律が遡及適用されるため、伝統的な町家本来の形にすることは難しい。
〇部材
建築基準法第68条の10により、現行の法律で町家を新築、増改築、大規模の修繕等をしようとする場合、部材は検査を合格したものしか使えない。そのため、規定の大きさの部材を集めてつくることになる。その結果、町家が決まりきった形になってしまい、風土に合った、その土地ならではの街並みが形成されにくくなってしまう。
〇間仕切り壁
建築基準法施行令第114条により、条例で定めた用途に供する防火上主要な間仕切り壁は準防火構造とし、屋根裏に到達していなければならない。その結果、伝統的な町家の形が維持されにくくなることがある。
〇外壁、軒裏
建築基準法第62条により、準防火地域内にある木造建築物は、延焼の恐れのある部分の外壁、軒裏を防火構造に改修しなければならない。その結果、伝統的な町家の形が維持されにくくなることがある。
〇全体
建築基準法第20条により、構造計算によって安全性を確認しなければならない。その結果、足りない部分があれば壁を足したりしなければならず、伝統的な町家の形を維持しにくくなることがある。
実際の物件の検証①
事例①は、奈良県高市群明日香村に建っていた築約150年の町家を改築した、町家ゲストハウスである。
◇用途変更上町家の伝統的意匠の保存が困難とされる箇所の分析
〈1階の軒〉
1階の軒は、もともと道路の境界からはみ出していなかった。そのため、軒を切断することはなく、改築以前の形を保持している。
〈町家の妻側の屋根、ケラバ〉
この建物は角地に建つわけではないが、改築以前、東側の妻側の屋根、ケラバは隣家の屋根に被っていた。そのため、改築をする際に被っていた部分の屋根を切断し、切断部を新たにトタンで補っている。これは意匠の維持を妨げているだけでなく、隣棟間の雨仕舞を損なっており、問題である。
〈部材〉〈間仕切り壁〉
母屋の一部(エントランス、帳場、共有スペース)と蔵は、改築前の姿をほぼそのまま残している。部材は、壁や天井を塗りなおしてはいるものの、改築前のものが使われ、防火上主要な間仕切り壁の増設もなかった。
一方で、母屋の一部(台所、ダイナー)と離れ(シャワールーム、トイレ、混合ドミ、女性ドミ)では、骨組みのみを残し、大規模な改築が行われている。部材のほとんどで現行の法律の規定のものが使われ、間仕切り壁も新設しており、壁紙も準耐火素材を使用している。
〈外壁、軒裏〉
この物件は、準防火地域内にないため、延焼の恐れのある部分の外壁、軒裏を防火構造にする必要はない。
〈全体を通して〉
母屋の一部と蔵では町家の伝統的な意匠が全面的に保存されているが、母屋のダイナーと台所、離れにおいては町家の伝統的な意匠が保存されているとは言い難い。しかし、それは決して否定すべきことではない。町家の意匠の保存を優先すること同様に、機能的な空間を創ることにも、大きな価値がある。
実際の物件の検証②
事例②は、京都府京都市上京区に建つ築約100年の町家を改築した、町家ゲストハウスである。
◇用途変更上町家の伝統的意匠の保存が困難とされる箇所の分析
〈1階の軒〉
1階の軒は、もともと道路の境界からはみ出していなかった。そのため、軒を切断することはなく、改築以前の形を保持している。
〈町家の妻側の屋根、ケラバ〉
改築の際に切断をすることはなく、改築以前の意匠を維持している。
〈部材〉
この物件は、宿泊客に築約100年の町家の雰囲気を楽しんでもらうことをコンセプトにしているため、改築はほとんど行われていない。また、壁の塗り直しなどの小規模な改築においても、町家の意匠を保持するために、伝統的な技法を用いて行っている。そのため、下記に述べる間仕切壁以外は、現代的な部材が宿泊客の目に触れることはほとんどなく、全体を通じて伝統的な部材がほぼ改築前の状態で使われている。
〈間仕切り壁〉
2階の女性ドミトリーとその前にある廊下は、もともと一部屋の和室であった。しかし、町家GHとする際に、デラックスルームの宿泊者の経路を確保するために、和室の中に壁を設け、女性ドミトリーと通路とに分断している。
〈外壁、軒裏〉
この町家GHは、準防火地域内にある木造建築物である。したがって、建築基準法第62条により、延焼の恐れのある部分の外壁、軒裏は防火構造としなければならないが、この町家GHでは、野地板厚を確保することによって防火構造とし、伝統的な町家の意匠が維持されている。
〈全体〉
全体を通して、町家の伝統的な意匠が維持されていた。
実際の物件の検証③
事例③は、京都府京都市上京区に建つ町家を改築した、町家ゲストハウスである。
◇用途変更上町家の伝統的意匠の保存が困難とされる箇所の分析
〈1階の軒〉
1階の軒は、もともと道路の境界からはみ出していなかった。そのため、改築以前の形を保持している。
〈町家の妻側の屋根、ケラバ〉
改築の際に切断をすることはなく、改築前の意匠を維持している。
〈部材〉
この物件は、計画当初から客に伝統的な町家の意匠を楽しんでもらうことを重視しており、大規模な改築はほとんど行われていない。また、壁の塗り直しなどの小規模な改築においても、町家の意匠を保持するために、押入の中は漆喰を塗り直し、部屋は聚楽壁にするなど、伝統的な技法を用いて改築を行っている。そのため、全体を通じて伝統的な部材がほぼ改築以前の状態で使われている。
〈間仕切り壁〉
2階のシングルルームは、もともと階段と一続きであった空間に、間仕切壁を増設してつくられている。
〈外壁、軒裏〉
この町家GHは、準防火地域内にある木造建築物である。したがって、建築基準法第62条より、延焼の恐れのある部分の外壁、軒裏は防火構造になっている。しかしこの物件では、〈部材〉で述べたものと同様の理由により、伝統的な町家の意匠が維持されている。
〈全体〉
全体を通して、町家の伝統的な意匠が維持されていた。
おわりに
いかがだったでしょうか。
用途変更をしながら伝統的な意匠を保存するのは、簡単なことではありません。
しかし、設計者が「町家の意匠をなるべく残すぞ!」という強い信念を持ち改装を行えば、不可能なことではありません。
設計者の努力で、京都や奈良の町家が、今後も末永く受け継がれ続けることを願います。
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